教育者が自殺してどうする。

12日午後3時ごろ、北九州市の市立小学校の校長が首をつって死んでいるのを県警が発見した。同署は自殺とみている。
今回は5年生の女児に対するいじめたかり行為を認識しながら、教育委員会に「児童間の金銭トラブル」と報告し、いじめの実体を隠していた事への引責自殺とみられている。

履修漏れ事件でも校長の自殺があった。

子供達に生きることの意味や意義を教えるべき教育者が、
安易に苦しみから開放される手段として自殺を選択することに
悲しみを覚える。

「どんな事があっても、自殺してはいけない。」

死ぬつもりで、立ち向かえば大抵の問題は解決できるんだ、ということを、子供達に見せる機会を与えられたのに残念である。

校長がマスコミや教育委員会にたたかれても、
命を掛けて立ち向かっている姿を
子供達に見せて欲しかった

闇の世界でも無い限り、命までは持ってかれません
頭を下げて済むことなら、幾らでも下げればよい
本気で死ぬつもりで、かかってくる相手に
本気で勝てる奴などいません

自分の価値観やプライドが潰されて砕かれても
何度でも作り直せます。
いや、何度も作り直して成長していくのです。

生きているからこそ、
より多くの人に、より長い間、記憶に残る事ができるのです。

自殺をして新聞の片隅やニュースのテロップに流れて
多くの人に、知られる事はあっても
記憶に残る事は無いのです。

残された家族は、楽しい思い出としての記憶ではなく
自殺を止められなかった事に対する自責の念や
悲しい思いを背負って毎日を生きていかなければなりません

「生きてるだけで丸儲け」ですよ(ひ)

— posted by 編集局 at 02:55 pm   pingTrackBack [0]

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